介護人材の不足と外国人労働者受け入れ─EPAによる介護士候補者受け入れの事例から | 外国人技能実習生受入監理団体 国際事業研究協同組合

介護人材の不足と外国人労働者受け入れ─EPAによる介護士候補者受け入れの事例から

介護人材の不足と外国人労働者受け入れ─EPAによる介護士候補者受け入れの事例から

介護人材は現時点でも既に不足状態にある。そのため介護人材不足を外からの労働者受け入れ,すなわち外国人労働者を受け入れて解消しようとする試みがある。その具体案を実施するための改正法案が2015年に成立見込みだ。2015年3月6日に閣議決定された内容では,第一に,入国管理法を改正してそこに「介護」という在留資格を新設し,日本で介護福祉士等の国家資格を取得した外国人留学生に対して就労を認めること,第二に,従来の技能実習制度の中に介護職を認め,技能実習生が介護労働者として就労する道を開いたことの2つの導入案が見込まれている。

本稿では,このように近年,急速に展開を始めた介護分野への外国人労働者の導入について考察する。そのための手がかりとして,2008年から既に受け入れてきた経済連携協定(EPA)による介護士候補者受け入れの実態とその問題点を明らかにしたい。

これらの検討によって,今後に開始される技能実習生,元留学生というルートによる外国人介護人材の受け入れについても,何らかの示唆が得られることを期待する。

Ⅱ 介護人材の不足と外国人労働者導入

1 介護人材の不足日本の将来にわたって介護人材が不足することは,直視すべき不可避の事実である。少子高齢化が根本的原因であるが,短期的には団塊世代が2025年以降に75歳以上の後期高齢者のライフステージに到達するため,この前後の十数年間は不足が大きい。その理由は,単に高齢者が75歳以上になって後期高齢者の人数が増加したという数量的なものだけでなく,質的にも医療水準の向上により認知症の高齢者が増加してくることが予測されるからだ。介護人材の人数は,介護保険が創設された2000年の55万人から2013年度の171万人まで大幅に増加したが,それでも2025年の需要見込みは253万人であり,供給見込の215万人との間の需給ギャップはおよそ38万人とされている)。

社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会は「2025年に向けた介護人材の確保」(2015年2月25日)という報告書を出した。報告書中には,(介護人材への)参入促進, 労働環境・処遇の改善,資質の向上,という介護人材の供給拡大のための紹介介護人材の不足と外国人労働者受け入れ政策対応が記されている。しかし外国人労働者への言及はみられない。不足する介護人材のために外国人労働者を受け入れるという施策は,この時点で既定路線となっていたが,それがこの報告書で言及されていない。理由は,「介護職員側からの慎重な意見や移民論議への警戒感もあるため」といわれている。

同じく厚生労働省の研究会として,「外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会」も先の専門委員会と同時期の2014年10月に開始されており,介護人材不足対策が同時期に国内からの確保対策,国外からの確保対策の両面から検討されているのである。EPA以外による外国人介護人材の受け入れ拡大政策は,それを移民政策と称するかどうかは別として,また介護福祉士の職業団体である日本介護福祉士会,介護労働者の労働組合である日本介護クラフトユニオン等の反対にもかかわらず,実質的にはゴーサインが出たといってよいであろう。

2 なぜ外国人労働者なのか?─介護労働の特徴と日本の介護保険制度なぜ介護人材不足が外国人労働者受け入れと結びつくのか?これまで日本の移民政策は一貫して単純労働分野の外国人労働者の受け入れを拒否してきた。技能実習制度は外国人労働者の受け入れではなく発展途上国への技能移転であるという建て前が必要とされ,この建前がなくては制度設立が困難であった(上林2015)。

また日本の外国人労働者政策は,入国管理政策であるという口実の下に,正しく労働者政策として位置づけられてきておらず,従来の労使関係の枠外に置かれてきたという指摘もある(濱口2010)。筆者からみると,外国人労働者を受け入れないという建前があるために,本来ならば移民政策と称すべきものを,これまでに正面から検討してこなかったという憾みが残る。

こうした日本社会の世論を前提にしながら,今回の外国人介護労働者受け入れに関してだけは,早急に受け入れ態勢が整いつつある。その理由はどこにあるのだろうか。その理由として以下の3点を指摘できよう。介護人材を外国人労働者に依存しなければならない第一の理由は,介護労働が典型的なサービス労働であるからだ。サービス労働の特徴は,商品の供給と消費が同時に行われるために,サービスを予め蓄えておくことができず,サービスの移動も困難だ。要介護者である高齢者と,介護支援者である介護人材が同じ場所に居なければならない。製造業のように,人手不足ならば企業が労働力豊富な海外へ製造現場を移転させること,あるいは海外から部品・製品を輸入することは介護サービスではおよそ考えられない。健康な高齢者ならば自由意志で海外での引退生活という選択肢もあるだろうが,既に要介護の段階に至った高齢者には該当しない。

介護人材は日本人であろうと,外国人であろうと,日本の土地で就労してもらわなければならない。また第二に,サービス労働は労働集約的労働の典型であり,機械化や技術革新による生産性向上が難しい。確かに介護労働の肉体的負荷を軽減化するために,介護ロボットをはじめ多くの機器や設備が開発され,現場へも少しずつさまざまな機器が導入されている。今後もこうした方向でのイノベーションが待たれよう。

しかし介護労働の基本は人間同士のコミュニケーションにあり,それを促進させるための技術革新である。介護職員一人当たりの要介護者の基準人員が決められている理由も,その基準以下では提供する介護サービスの質保証が難しくなるからで,製造業のように人員削減による生産性向上という施策に対しては一定の掣肘が加えられている。

そして第三に介護労働に伴う特殊日本的な事情である。日本の介護サービスにはほとんど介護保険が適用されている。したがって介護サービスの供給主体である介護人材の雇用も主として公的保険で運用される介護施設によってなされている。介護人材の賃金は直接的には彼ら・彼女らを雇用する介護施設から支払われるが,その基準は介護サービスごとに国が単価を定めている介護報酬によっている。その結果,花岡が指摘するように,市場変化にともなう価格調整が遅れ,介護労働力の供給変化が市場の需要動向に追いつかず,慢性的な介護労働力の不足が生じるというような事態が発生している(花岡2015)。

こうした事態を前提に,花岡は介護サービスを財政と切り離して自由価格設定の余地を残すと共に,介護報酬の引き上げを介護労働者の賃上げに回すことを提案している。現状では,保険原理を介護サービスに適用しており,その保険料は全国民の負担によるものとなっている。介護労働者の賃金は,保険料収入という財政原理のもとで低めに抑えられている。その制度下で就労する介護労働者の賃金を上昇させるには,介護保険制度の見直しが必要とされよう。

しかし,そもそも介護保険制度は保険制度という所得の再分配制度を採用しており,そこには一種の平等思想がみられるのである。小川は(医療保険制度を含めた)介護保険制度について,「いつでも,どこでも,だれでもが病院での治療や施設・在宅介護サービスを利用することができるが,そんな国は珍しいという」と評価している。所得および資産格差が大きくなる高齢期に,保険制度によって所得の再分配を実施し,一定の介護サービス,主として要介護高齢者への介護サービスを確保すること,とりわけ低所得者への介護サービスを供給することが介護保険の目的であり,その目的は現在まで十分に果たされているといえよう。この介護保険制度の理念と根本的な制度設計を維持しつつ,かつ大幅な保険料の値上げを避けつつ,さらに現行のように介護サービス受給者に所得制限を設けないまま,必要とされる介護労働力を確保するための提案の一つが,この介護労働への外国人労働者受け入れ施策なのではなかろうか。EPAで受け入れた外国人介護候補者の来日動機には,①(現在の日本人介護士に支払われている)日本の賃金水準でも魅力を感じる,あるいは②日本の介護サービスの内容に魅力を感じる,③日本語習得に意義を感じる,などいくつかの動機がみられる。したがって現状の日本の介護職への就業希望者を日本の周辺国に見出すことは,可能であろう。

こうした人材を海外で見出せることを前提にした上での,日本の外国人介護労働者受け入れ政策であろう。以上,介護労働の持つ特徴と,日本の介護保険制度から,不足する介護人材の供給源の一つとして,外国人労働者が期待されているものと思われる。

Ⅲ EPA(経済連携協定)による介護士労働者の受け入れ実態1EPAによる受け入れの経緯

受け入れへの政策転換介護労働の持つ特徴によって,不足する介護人材は外国人労働者の受け入れに依存しやすいことを示したが,これが政策として展開されるためには別個の政治的・社会的文脈が必要とされる。日本の場合,外国人労働者を介護士候補者として受け入れる契機となったのは,東南アジア諸国との二国間経済連携協定(EPA)の枠組みである。日本とフィリピンの間では介護士候補受け入れについて2004年には既に大筋の合意ができていた。外国人介護士候補者の日本への受け入れ開始年度は,インドネシアからが2008年,フィリピンからが2009年,ベトナムからは2014年である。今後は,タイからの受け入れが予定されている。その受け入れ人数は,2008年から2015年までの累積人数2078人とごく僅かであるが,とにかく,日本の介護士受け入れに対して突破口を開いたものとしてEPAの意義が認められる。

これまで日本は医療・福祉分野の外国人従事者の受け入れは実質的にはなかった。一方,他の先進国では既にこの分野の人材を海外に求めている例が多く,「諸外国の看護師・介護士の受け入れは,規模にしてかなりのものであり,明確に国内の需給のアンバランスの解決のために導入された政策である」5)という評価がなされている。日本も遅ればせながら,医療・福祉分野への外国人労働者の導入が考えられる段階に達し,EPAによる介護士候補者受け入れを開始した。これは明らかに従来の政策の転換点であった。

もっとも現実的な受け入れ効果は,受け入れ人数があまりにも少なくて影響力に乏しい。これは松本が既に,「国内の需給には影響を与えない」と指摘しており(松本・瀬戸・長谷川2011),また後藤も,現状でも15万人以上の規模で受け入れなければ看護師・介護分野の人手不足解消にはつ日本労働研究雑誌91ながらないと指摘している(後藤2014)。さらに,看護師・介護士受け入れの影響力が乏しいことは,EPA自体にとっても同様であり,日本・インドネシアEPAの日本語の条文全617ページのうち,物品の貿易に関する章が218ページと最大であるのに対し,外国人看護師・介護福祉士の移動について割かれたページ数は僅か7ページに過ぎないという6)。現状では,送り出し国への経済的影響力という点でも,日本の外国人介護労働者受け入れは象徴的意味合いの方が強いといえるだろう。
すなわち,日本への外国人介護労働者受け入れは,日本製品の輸出への見返りとして始まったのである。しかし,日本は現在まで公的には単純労働者の受け入れを承認しておらず,また日本の介護労働市場への影響力を軽微なものとするために,このEPAによる受け入れ交渉でも,介護士の技能レベルをできるだけ専門職に近いものへ位置づける努力を払った。

そもそも介護福祉士という日本の国家資格は他国にはないものであり,特殊日本的資格である。また世界の潮流を見ると,介護士の職務内容と技能レベルについては,医療行為に近く高度の専門性を必要とするものから,家事労働者に近く低熟練作業まで非常に多様である。日本のEPAでの介護士候補者受け入れは,その専門性を強調する枠組みで受け入れを実施したために,フィリピンとインドネシアの看護師協会からは,両国の看護師を日本の介護士候補者として送り出すことは,現地の資格の格下げであり,看護師の社会的地位を下降させるものであるという批判がなされた7)。いわば,日本が送り出し国の資格を格下げして取り扱うことに対する非難である。ただし,こうした職能団体の総論としての意見と,個々の渡日希望の看護師資格保持者の立場は別であるので,日本が厳しい受け入れ基準を設定しても,候補者の募集は可能であった。

以上の経緯から,このEPAによる外国人介護労働者受け入れの意義は,日本がこの分野の門戸を国外に開放したという点にみられるのであり,実質的な介護人材不足の解消のための政策であったことではない。そうした留保条件を付した上で,次にEPAによる外国人介護労働者の受け入れ実態をみておこう。

2.EPAによる外国人介護労働者の受け入れ実態

(1)受け入れの枠組み2008年に対インドネシアで開始されたEPAによる外国人介護労働者受け入れの枠組みは表1に示されるとおりである。介護士の応募要件が,現地送り出し国の介護士認定基準よりも相当程度,厳格に設定されていること,先方の送り出し斡旋機関は直接的な政府組織の一部であり,第三者機関ではないこと,訪日前の日本語研修期間が6カ月(インドネシア,フィリピン),1年(ベトナム)と相当程度,長期にわたっており,訪日後の6カ月間の日本語研修を経て,日本語能力N3レベル以上が求められている。N3レベルとは,「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」というレベルである。EPA受け入れでは,要求される日本語レベルが技能実習制度による介護士候補者の受け入れ基準のN4レベル(基本的な日本語を理解することができる,小学校低学年レベル)よりも高く設定されていることに注目したい。

(2)受け入れ人数EPAによる介護士候補者受け入れ実績は,表2にみられるとおりである。2008年以降2015年現在までおよそ2000人強の介護士候補者が来日しており,受け入れ施設数も延べ913施設となっている。2010年以降,受け入れ人数,受け入れ施設数が減少した理由は,受け入れ施設,受け入れ候補者に対する受け入れ基準が高めに設定されていたためと思われ,この点は次節で述べるように改正されて,再び2014年以降に受け入れ人数が増加した。

(3)介護福祉士試験の合格の状況と帰国者の人数各施設が受け入れた外国人介護士候補者は,就業経験3年後に国家試験の受験資格を得られる。これは日本人介護士が,実務経験3年で国家試験が受験可能となることと同様の扱いである。試験制度については,2012年から1度不合格でも再受験を認めること,試験問題で使用されたすべての漢字に振り仮名を付記する,疾病名等への英語表記を付記する,試験時間を1.5倍に延長するなどの優遇措置をEPAによる介護士候補者へ認めることに変更したため,合格率は当初より向上した。2014年までで,受験資格者622人,合格者数317人で,合格率は51.0%となる。表3で示した数値は,入国者に占める資格取得者の割合であるが,3年間の就業経験という資格を満たせずに帰国した人も出ているため,資格取得率は4割である。合格率よりも低い。
また入国者に占める就労者の比率をみると,帰国者の割合は受け入れ年度を遡れば遡るほど多くなっており,資格取得者ならば日本への在留資格が付与されるにもかかわらず,帰国する人が少なくない。2009年度の場合,入国者379人で,就労者は163人,資格取得せずに候補者として就労継続している人が64人いるので,就労者の比率は43.0%となる。介護福祉士の資格を取得できずに,再受験を前提に就労継続している人は今後,どの程度生ずるかは予測しがたい。3年の就業経験の後に,介護福祉士試験に合格しなくても,再受験を前提に1年間の就労継続可能な措置がとられたので,これからは候補者としての身分のまま日本で4年間の単位で就労する人が増大する可能性もあろう。

その理由は,彼ら介護士候補者が必ずしも日本への定住化を目的とせずに来日しているからである。介護福祉士資格を取得すれば日本での定住化が可能であるが,それを求めて来日している候補者がどれだけいるだろうか。結城康博はインタヴュー調査から,EPA外国人介護労働者の場合,「一定程度,日本で働き高い賃金を得て日本語も取得できれば,それで外国人介護士は十分であるのだ」と結論付けている(結城2013)。日本での介護福祉士資格を持てば母国での就業に困ることはない。さらに結城は触れていないが,日本の介護施設では年功賃金体系をとっていないから,勤続年数の伸びによる賃金上昇もなく,また介護福祉士資格取得による賃金上昇も基本的には見込まれていないので,長期勤続や資格取得への動機づけに欠ける。これは日本人介護士の低い定着率の一つの原因であるが,それは外国人介護士にとっても同じ条件であろう。

Ⅳ EPAによる外国人介護労働者受け入れに伴う問題以上の受け入れ実態をもとに,受け入れに伴う問題を次に検討しよう。

1.受け入れ費用の問題─

受け入れ施設側の問題EPAによる外国人介護士受け入れ問題の中で,受け入れ施設側にとって最も切実な問題は受け入れ費用の問題である。外国人労働者受け入れというと,多くのケースで安価な労働力を使い捨てにするという非難がなされる傾向にあるが,その受け入れが介護福祉資格の取得という目的を持つ場合,受け入れは一種の介護の実務研修という教育訓練の性格を持たざるを得ない。また規範としても教育訓練は最優先の課題でなければならない。外国人技能実習制度が設立された当初は,その研修目的を担保するために実に様々な運用基準が設置されたことと重ね合わせればよいだろう。本来,教育訓練はコストがかかるし,またコストをかけるべきものなのだ。

具体的に介護士受け入れ施設の費用負担をみると,求人に伴う費用として,海外現地での求人費用,斡旋手数料,日本での滞在管理費(巡回訪問,相談窓口の開設など,技能実習生に対して国際研修協力機構(JITCO)が行っていた活動のための費用)を日本側斡旋機関の国際厚生事業団に支払い,また現地送り出し機関である政府機関に1人当たり4万円弱から5万円強を支払う。更に,日本語研修費用としてインドネシア人候補者とフィリピン人候補者にはそれぞれ1人当たり36万円の費用を要する。ベトナム人候補者の場合は,現地での日本語訓練費用はODAによる日本政府負担となるのでやや費用が押さえられ,1人当たり26万円である。受け入れ施設は,基本的には2人以上の候補者を受け入れなければならないため,施設の負担金額は就業前研修までの負担だけで100万円を超え,就業後も月々約30万~50万円かかるという(寺本2010)。その結果,EPAによる介護士候補者受け入れ制度が開始された直後は,受け入れ施設はこうした費用負担が可能な極めて優良な施設に限定されていたことも不思議ではない。加えて金銭的な負担ばかりではなく,もっとも大きな費用は,受け入れた介護士候補者の研修を担当する,ベテラン介護士の機会費用の問題である。外国人介護士に対しての職場研修はどの職場でもベテランが担当するが,その研修担当者を通常の現場業務から離して研修を担当させるには,職場要員に余裕がなくては難しい。人手不足の職場では,外国人労働者を介護士候補者として受け入れる要員上の余裕がないことになる。

こうした金銭上の,また要員上の費用負担は,外国人介護士受け入れ施設の数を限定してしまう。そのため,EPAによる介護士受け入れの枠組みにいくつかの修正が行われた。第一に,受け入れ施設への学習経費の支援制度ができ,候補者1人当たり年間23.5万円以内で日本語学習に対する支援費用が給付され,また受け入れ施設の研修担当者への手当という名目で,1施設当たり年間8万円以内の支援費用が出されるようになった。第二は,配置基準の見直しである。2013年4月から,外国人介護士候補者でも就労して6カ月以上を経過した人,あるいはN2以上の日本語能力を持つ人は介護保険制度で認める職員として認められるようになり,夜勤も担当可能となった。外国人介護士に対しては,募集費用,日本語訓練費用などを負担した上で,かつ賃金水準は日本人介護士と同等,しかし正規職員として介護報酬に反映はされない,という条件では,受け入れ施設側の持ち出し費用は極めて高かったので,その点が改正された。

しかし,既にふれたように,教育訓練とは費用を要するものであり,外国人介護士の受け入れが留学としての性格を持つとしたら,こうした労働力としてカウントする側面は教育効果をやや減じることになろう。一時的に発生する求人費用以外に,継続的に発生する教育訓練費用の負担問題は,受け入れ施設にとって,また外国人介護労働者受け入れの問題全体にわたって大きな課題となっている。

2日本語能力の問題─

受け入れ候補者の問題介護労働はサービス労働であるために,要介護者とのコミュニケーション能力が不可欠であることは既に指摘したが,介護施設ではチーム労働として介護を行っているために,職場の同僚とのコミュニケーション能力もまた必要とされる。そのため,外国人介護労働者に要求される日本語能力水準は一定のレベルが前提となる。製造業で受け入れた技能実習生や日系中南米人が,日常は製造するモノを相手とし,コミュニケーションはもっぱら同言語を使用する仲間内に限定されて,滞日年数が長期にわたったにもかかわらず,日本語能力が向上しなかったという事例の轍を外国人介護労働者が踏むわけにはいかないだろう。

EPAの枠組みによる介護労働者受け入れにあたっては,制度開始当初はフィリピン人介護士候補者を対象とする訪日前日本語研修はなかったが,この研修は2011年から開始され,現在は表1でみたように6カ月あるいは1年となっている。訪日前にインドネシアとフィリピンの場合は日本語能力試験N5合格が,ベトナムの場合は日本語能力試験N3合格が目標(当初は表1のように「要件」とされていたが,現在は「目標」の用語が使用されている)となっている。EPA協定中には,訪日前の日本語研修の規定がなかったので,これは受け入れ現場からの要請によって設置されたものと思われる。EPAで受け入れた介護士候補者と日本人介護職員の能力を比較した調査があるので紹介しよう。これはインドネシア人候補者を受け入れた施設の指導責任者に対して,日本人職員と比較した場合のインドネシア人候補者の介護技術習得期間を質問した調査である。サンプル数は少ないが,他に,同種の調査がみられないので参考にしたい。この調査結果によると,外国人介護労働者である候補者と日本人職員との技能習得期間には差があり,20の調査項目(介護技術)の平均習得期間は日本人が平均4.8カ月であったのに対し,候補者は約8.7カ月であった。もっとも差異が大きかった技術は介護記録であり,日本語習得が必要なため候補者では平均17.0カ月の習得期間を必要とした。食事介助,移乗・移動・体位変換などの技術では差が小さい。

常識的に理解できる調査結果である。職場での実務研修が優先される生活の中で,日本語習得時間が限られている候補者にとって,日本語の読み書き能力を必要とする介護記録の習得が非常に難しいことがわかる。ただし,その場合でも日本人よりも長期間の習得期間をかければ習得可能ということであり,いったん,技能習得した候補者の場合は,施設長からの総合的評価は日本人職員に対しての評価より高いという結果であった。また日本語能力は,介護福祉士国家試験の合格率とも関係し,外国人介護労働者の国家試験に対する障壁は,日本語能力にも大きく起因していよう。2010年から2011年に1年間かけて外国人介護候補者を受け入れた4つの施設とその候補者を継続的にインタヴューした調査結果(赤羽・高尾・佐藤2012)では,EPA枠組みによる介護士候補者受け入れの制度の喫緊の課題として,①施設ごとに就労・研修の実態が大きく違うこと,②日本語能力の障壁,③国家試験の障壁,を挙げていた。そして国家試験不合格の場合は,国際社会から「使い捨て」の非難をされかねないため,候補者の応募条件に一定基準の日本語能力(日本語能力試験N2,できればN1程度)を課すことを提案していた。しかしながら,現実には日本語能力試験N5以上レベル(ベトナムからはN3以上)が入国前の要件であるから,こうした候補者を受け入れている現状では国家試験合格に必要な日本語能力を育成することは極めて困難である。後藤純一は,EPAによる看護師・介護士受け入れ候補者プログラムの課題として,国家試験での優遇策への疑問と,専門的職種への外国人労働者受け入れ拡大策に対して疑問を投げかけていた8)。本国での看護師有資格者が日本で補助業務に従事することは,人的資源の非効率的動員と解釈されるという主旨である。

EPAによる介護士候補者受け入れ制度では,候補者が日本語能力を育成して介護の補助業務担当から脱し,介護福祉士資格を取得し,日本でのキャリアアップを図ることが目標となっている。これは現状ではEPAが非常に限定された候補者だけを選抜しているからこそ可能だといえよう。費用対効果の側面から見ると,候補者への日本語教育は大変に費用がかかるものでありながら,受け入れ施設側は彼らの長期勤続を望めないという問題がある。受け入れ外国人介護労働者への日本語教育の問題と,介護職への専門性付与の問題はコインの裏表の問題として密接に結びついており,外国人介護労働者受け入れ問題の根幹をなす問題といえよう。

3.介護現場の負担増と賃金構造─

受け入れ職場の問題受け入れ施設および受け入れ候補者と並んで,3つ目に考慮しなければならない点は,受け入れ職場の問題である。外国人介護士候補者を職場に受け入れることによって,職場のメンバーの負担増の問題があげられる。一つは,候補者に対する日本語教育と介護福祉士資格取得のための受験教育である。これは研修担当者の機会費用として既に前項で触れたが,担当者にとっては費用の問題以上に,仕事の負担増として感じられよう。教育に伴う負担感は,もし教育対象者の能力が向上し国家資格取得という結果によって報いられるならば和らげられる類のものであるが,候補者が帰国を前提に出稼ぎ意識が強い場合,あるいは資格取得後の転職などの出来事が起きると,仕事の負担感がそのまま徒労感へと繫がりやすい。

さらに,介護現場はチーム労働であるから,未熟練の候補者の受け入れは職場全体の士気に影響を及ぼす。就労意欲が高い候補者の受け入れによって,職場全体が明るくなったという報告がある一方,日本語が不自由で戦力とならず,職場でのOJTに時間がかかって,通常業務の遂行と候補者の教育で負担が増加するという意見もみられた。こうした職場で問題となるのが,既に形成されている介護現場の職場構造である。介護現場の賃金カーブはフラットな形であり,北浦正行は「業務に習熟した段階においても報酬に大きな変化がなく,それが従事者の不満につながっていると考えられている」と指摘している9)。また職場構造について北浦は,正社員と非正社員であるパートタイマーや契約社員が多く働いているため,正規の職員との処遇面での格差に不満を持つという均衡待遇上の問題が存在することを指摘している。「『介護現場』においては,そもそも資格要件のない職場であり,現在でも日本人同士の差別処遇はほとんどみられない」10)という介護労働者の熟練の存在を否定するような事実認識こそが,介護現場の従事者が抱いている不満の根拠であるといってもよいだろう。

従事者のこうした不満は,当然,離職率の高さになって反映している。こうした職場に日本語能力において不利な外国人介護労働者が参入したらどうなるだろうか。現在のEPAの枠組みで来日した介護士候補者の場合は,正規職員として雇用されており,また賃金額は日本人正規職員と同額である。日本人と同等の賃金をもらいながら,あるいは非正規職員よりも高い賃金をもらいながら,(少なくとも受け入れ当初に時期に限定すれば)職務能力は日本人より低く,職場では周辺業務しか担当し得ない,という事態が発生している。雇用主である施設側や社会的認識の上で技能向上の余地を認められていない介護職場の日本人職員は,こうした職務遂行能力と賃金との間のアンバランスに不満を抱くであろう。一般的に言えば,職場でOJTが成立するための条件として,教育担当者の賃金が教育訓練を受ける人間よりも高いという年功賃金構造と,教育を受けた人間が教育した人間を追い越さないという年功昇進構造が必要とされる。すなわち年功賃金構造の示す職場序列が,職場の階層構造とパラレルになる構造が,OJTを成功に導く条件である。しかし,外国人介護士受け入れの場合は,職場の階層構造と賃金構造との関係にアンバランスがあるため,職場でのOJTを成立させる条件に欠ける。この点も今後,重要な問題となる可能性があろう。

Ⅴおわりに

EPAによる介護士候補者受け入れは,労働力受け入れではないことが当初から明らかにされており,そのために制度としては相当に丁寧な訓練計画が設計された。また受け入れ人材の選抜に当たっても,現地で普及している教育水準のレベルと比較して,相当に高い教育水準を要件としていた。その結果,受け入れ施設側にとっては高い受け入れ費用という問題が存在した。また受け入れ候補者に対しては,日本人と同等の資格取得を可能とするために高い日本語能力を要求した。こうした措置は,他方で,日本人職員にEPAによる外国人介護士候補者受け入れに伴う負担感を増大させることにつながっている。EPAのような入念な制度設計の下で行われる介護士候補者受け入れにも,これまで述べたような問題が伴うのである。今後に予定されている技能実習制度による外国人介護労働者受け入れは,EPAによる受け入れより日本語能力などの点で受け入れ基準が緩いのであるから,受け入れた実習生に対してどのように教育訓練機会を担保していくかが,EPAによる受け入れ以上に大きな課題となるだろう。とりわけ,教育訓練費の負担を誰が担うのかという点は,受け入れ施設側だけでなく,今後の介護保険制度の在り方も含めて検討しなければならないと思われる。

以上、上林千恵子氏(法政大学教授)(日本労働研究雑誌)論文より引用

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